
カバカ・ピラミッドの母、幼少のゴスペルからグラミー受賞作『The Kalling』への歩みを語る
マルシア・サーモンさん(カバカ・ピラミッドの母)は『Jamaica Observer』の取材に、幼い頃からパフォーマンスが彼の天職になるのではないかと感じていたこと、幼少期を取り囲んでいた宗教音楽を挙げて説明した。
「ケロン(カバカ・ピラミッドの本名)は音楽にとても早く触れた。たとえばおばあちゃんの家への往復の車の中で、私がいつもゴスペルをかけていたからだ。10歳頃にはそっと歌を口ずさむようになり、その後はユースクワイアに入りたいと関心を示した」と彼女は語った。
「13歳前後で、友人たちと私の書斎を占領して楽器で大きな『ビート』を作り始めたとき、彼の音楽への情熱がはっきりした」とサーモンさんは言った。
彼は15年少し前から、ルーツレゲエを再び前面に押し上げる声のひとりとして注目され始めた。ファンはしばしば『Well Done』『Mi Alright』(Chronixxとの共演)『Kontraband』『Red Gold and Green』『Can't Breathe』『Nice Up the Dance』を挙げる。2023年、『The Kalling』でグラミー最優秀レゲエ・アルバム賞を受賞した。
「ケロンは三兄弟の真ん中で、私が歌いかけてあげるのが一番早く眠らせる方法だった。ものごとをじっくり探ることを学び、スポットライトの下にいることよりは避けたがっていた。子どもの頃は内向的で分析的で、穏やかだった。友人は、彼が『なぜ』をたくさん尋ねる深く考える子だったと覚えている」とサーモンさんは話した。
「高校時代、数学と化学の宿題で私の手助けはいらないと言われたとき、プライドが傷ついた。ミシンを使って何かを作ったり直したりする時間を私と取り合うほど、早くからファッション感覚も見せていた」とサーモンさんは言った。
創造的な素質は早い段階から明らかだったが、サーモンさんは彼がショービジネスに身を預ける姿を想像するのにまだためらいがあった。のちに米フロリダ州オーランドのDeVry Universityを卒業し、電子工学とコンピューター技術の学位を取得した。
「最初は安全面の懸念から少し躊躇したが、トロントのフェスティバルでの初の本格的な出演のあとで全面的に応援するようになった。そのとき、とりわけステージをどう切り盛りし、聴衆を音楽に揺らし続けたかなど、育ちゆく才能が存分に発揮されているのがはっきり見えた」とサーモンさんは語った。
記事提供: Jamaica Observer · 初出 .
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